災害の恐怖とヴィンテージ鏡筒の持つ空気感 -鏡筒メンテナンス 2021年5月のまとめ-
それはGW連休明けすぐのこと。予想外に福岡県が緊急事態地域に追加されたため、弊社で予定していた公共天文台施設への出張はすべてキャンセル(延期)しました。社内での勤務時間が増えた分は、お預りしている個人お客様鏡筒への作業時間に割り当てることができました。当初の予定よりも短い期間でお返しすることができ大変ご満足いただけたようです。鏡筒メンテナンスはお預り順に作業を進めております。「まだ連絡が無い」というご依頼中のお客様におかれましては、今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます。
さて、
今月も様々な鏡筒のメンテナンスを行いました。少しですがその内容をご紹介させていただきます。一部の機材マニアの方に向けたニッチな連載です。
ご興味のある方のみ(?)お読みいただければ幸いです。
☆ビクセンFL102

昨年の台風被害。球磨川の氾濫が鮮明に残る熊本での被害が特に甚大でした。
残念ながら水につかってしまった"ビクセンFL102"。
お預り時にはすでにこのような状態。水分は乾燥していましたが非常に細かい粒の砂が鏡筒内部にも侵入している様子です。

取り急ぎ、対物レンズを救出し洗浄を行います。
画像はフローライトレンズ。泥水の侵入跡が残っています。


筒内やドローチューブ内部にも爪痕。。。。

各部、オーバーホール後の状況です。
いつもの作業よりも重点的に、筒内は洗浄した後にひと通り消毒を行いました。幸いにもレンズコートや筒内塗装に軽い劣化がみられた程度で、実用には影響のない程度まで回復。水害の恐ろしさを望遠鏡を通して実感するとは思いもしませんでした。
☆島津製作所 60mm/f900mm x2セット

50年以上前の製品。ヴィンテージ鏡筒のご依頼を受けました。
島津製作所 60mm/f900mm屈折鏡筒。製品名は"SAT-3型"と呼ばれていたようです。
実際にお目にかかるのは初めて。

眼視観測時代の製品ですから接眼部も細身。スリムです。

接眼レンズセットが付属。
H.M.=ミッテンズェーハイゲン式。
シンプルな2枚構成、負の接眼鏡ですね。

アクセサリー一式。
左上)地上プリズム
右上)天頂プリズム
下)ファインダー

メンテナンス後。蛍光灯にてしっかりとニュートンリングが浮かび上がります。

2本目。
D60mm/f900mmなのでレンズスペックは同じでしたが若干仕様が異なる鏡筒です。
飾り環の書体も少し違っているようです。2本の違いに注目してご紹介。

ピントハンドルが片側のみとなっています。それほど重くないドローチューブなので動作は片手でも十分。出っ張りが少なく破損リスクは少ないか?
左は地上プリズムと天頂プリズム。どちらもスリーブと差込口が長くとられています。そういえば鏡筒の差込口も長かったですね。奥まで差しこまずに延長したりできるのかな?
右は黒くてスリムな5倍17mmファインダー。というより"案内望遠鏡"と呼ぶ方が似合いそう。
接眼レンズは同様に一式付属しますが、形式は最もオーソドックスなH=ハイゲン式となっていました。1本目に付属していた接眼レンズ"MH"は、この"H"の視野レンズをメニスカスに変えて見かけ視界を広くとった改良型です。

メンテナンス後の対物レンズ状況です。付着していたカビや汚れは払拭しました。いろいろと調整は試みましたがニュートンリングは現れず。像質も1本目よりは少し低下する印象でしたがレンズ本来の光学性能と判断しました。
各所の造りや付属品の型式から、紹介した1本目よりも2本目の方が製造年代が古いものと推測します。お詳しい方がいらしたらぜひともご教示いただきたいです。
2本とも経年劣化が各所にみられ、現代の光学系と比較すると諸収差も目立つため、決して完ぺきとは言えない像質でしたが、実用には十分耐えられるレベルです。なんと言っても50年以上前の望遠鏡ですからね。素晴らしい!
☆JSO NSC12

続いてもヴィンテージ鏡筒と呼ぶに相応しい。
40年ほど前、日本特殊光学JSOから発売されていた日本製シュミットカセグレン。
"NSC-12"といえば、鮮やかなイエロー塗装の"B"タイプが有名です。以前のメンテブログでもご紹介しました。今回はクリーム白色塗装の本鏡筒。"B"がつかない初期型です(おそらく)。
この推定初期型の特徴は、主鏡が前後する"NSC-12B"やその他の一般的なシュミカセ式とは異なり主鏡は固定式となります。シュミカセの大敵ミラーシフトの心配は少ないでしょう。
主鏡固定式のためピント調整は接眼部の直進ヘリコイドによる繰り出し。繰り出し量は65mm。加えて副鏡には外側のカバーを回転させることで副鏡が前後する造りになっています。両方の操作により合焦範囲は広く確保されています。

ではオーバーホールを進めていきます。
光学系はかなり状態が良くありませんでした。

分解作業の途中。補正板周り。緩衝センタリング役の"Oリング"は硬化しひび割れ。

見事に粉々。
本来の用途をなさない状況でした。
オーバーホール作業内で同等部品と交換を行いました。

筒内の様子です。
白く見えるのはすべてカビ。

筒内洗浄後。
影響出るほどの塗装劣化はみられませんでした。

オーバーホール後の各光学系、筒内の状況です。
付着していたカビや汚れは分解洗浄によりすべて払拭できました。
長期間にわたり付着していたこともあり、跡にはコーティングやメッキの劣化がみられます。

光軸調整後の星像テスト。(焦点内像-3mm、1/3型CMOSカメラで撮影)
光軸を合わせたシュミカセは内外像が綺麗な円形になるので個人的に好きです。
およそ40年前のヴィンテージ鏡筒ですが、まだまだ現役!素晴らしい!
まとめ
往年の望遠鏡のことは「フルスコ(=古いテレスコープ)」と呼ばれているようですが、当方では古き良きモノづくり時代の品に敬意をこめて「ヴィンテージ鏡筒」と呼ばせていただいております。デニムやギターと同様に望遠鏡にも年月が経過することで醸し出される雰囲気や佇まいがあります。空気感とでも言いましょうか。。ただの光学製品にとどまらない魅力がそこにあります。
そして近年は地震や水害など全国のお客様とやり取りをさせていただく中で、災害に遭ってしまった望遠鏡に関わる機会が増えたことを実感しています。
今年はかなり早く梅雨入りし、長雨となる可能性が高いそう。今年もどこかで災害が起こらないよう、また起こってしまった時には被害が最小限に収まることを祈るばかりです。

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最後までご覧いただきありがとうございます!
はじめまして、天文リフレクションズ経由で参りました、シベットと申します。
ヴィンテージ鏡筒のオーバーホール、本当に心が洗われるような気がいたします。これらの鏡筒を設計・製作した(おそらく故人になっておられるかも知れない)方々の丁寧な仕事をリスペクトし、現代に実用品として復活させる・・・これまた素晴らしいお仕事ですね!
今後とも、このような記事を拝見できるのを楽しみに伺わせていただきます。